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それは、「なんだか違うな」と思ったこと

今朝の新聞での記事

ジャズ・ピアニストの山下洋輔氏が石川県のとある海岸で
一風変わったライブを行ったとの記事

どう、変わったライブだったのか?

35年ぶりのパフォーマンスは
消防服に身を包んだ山下氏が、燃え盛るピアノに向かって
演奏しているさまの写真が掲載されていた

演奏開始とともにピアノに火が点けられて
炎に包まれて燃えさかるピアノに向かって演奏する
鍵盤の間から煙が出てきて演奏不能になるまでの
およそ10分の間、演奏されていたらしい


ふと、ワタシは首をかしげてしまう

ピアニストが自己の表現のための「道具」として扱うピアノ
それを、燃やしながら演奏するってのは、どうもワタシには受入れがたいのですよ

受入れられない理由としては、
まだまだ、立派に伸びやかな、澄んだ「音」を奏でることのできる「道具」を
いたぶって演奏しているように思えるから、ですね

おなじ理由で、ロック・ミュージシャンがステージ上でギターを破壊したり
ピアノの弦にボルトをはめ込んで演奏したり
いわば、自己の表現の相棒たる「道具」の自由を奪ったり、
破壊したりすることに抵抗を感じるから

小説家が、文章を書きながら原稿用紙を破り捨てたり
陶芸家が、陶芸品を叩き割ったりするのは
自己が納得できないからゆえの行為であって、それは理解できるのだけど
まともに機能する「道具」に枷を嵌める行為っていうのは、どうも理解できない
あくまでも、ワタシの勝手な思いだけれども、それじゃぁ「道具」がかわいそうだ

芸術家が、自己の片腕を殺しながら表現することへの違和感
いや、そっちのベクトルでの「表現」もありなんだろけど
やっぱり、自分的には違和感の方が強い

すごい浅はかな考えだとは思うのだけれども
もし、日本人にありがちな「滅びの美学」的な感情、表現であるならば
たとえば、打ち捨てられたボロボロのピアノでもって演奏する方向性だってあるわけで
なぜに、生きているものを殺してまで表現しなければならないのか、疑問なのです
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by funfunloving | 2008-03-09 20:11 | つぶやく